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事務局だより

2015.01.28

講談を聴きに行って

少々、イベント告知コーナーと内容が重複してしまう部分もございますが、ご容赦ください。
それほど皆さんにお伝えしたいのだと察していただくと幸いです。それと、話も長くなりそうです。お暇な方お付き合いください。
去る1月22日に三鷹講談倶楽部を主催する33期の細井さんからのお誘いで、初席の講談会へ行ってまいりました。
落語も好きなのですが、なかなかナマの高座を見る機会も少なく、講談に至っては初めての経験です。
門前仲町から東西線に乗って40分ほど、三鷹の北口に降りれば、1月になっても駅前で頑張るイルミネーションに迎えられながら、線路沿いに歩くと・・・何分と言うより何歩と表現するような距離に武蔵野芸能劇場がありました。
中へ入るとすぐに、チラシの立て看板をもった男性がにこやかにお迎えしてくれます。この時間、施設の利用は三鷹講談会さんだけなのでしょうか?入口をくぐってきた人=講談を聴きに来た人 のようです。

案内されるまま、ちょっと年季の入ったエレベーターで三階に上がると、細井さんをはじめ、数人の方々が受け付けをされていました。

お伺いしたわけではないのですが、恐らくみなさん手弁当で駆けつけてお手伝いしているご様子です。それだけ講談とイベントを作り上げる魅力があるのでしょう。もちろん中心となる細井さんの人望も欠かせません。
ロビーでの受け付けを済ませ、いよいよ157名収容の小劇場に足を踏み入れると、チラシの演目に載っていなかった若手の講談師が修行を兼ねてでしょうか、入ってくるお客さんを迎えるかのように釈台から声を張り上げています。

開演の時間となると、若手講談師は自身の話を済ませて懐の手拭いで釈台を拭き上げ、座布団を裏返し丁寧に空気を含ませ、舞台傍らの「めくり」を一枚返して、袖に消える・・・一連の「型」とも言えるような所作に講談の歴史を感じます。・・・いよいよ講談会の始まりです。

一席目は女流講談師「一龍斎貞弥」さん。ちなみにキリッとした「綺麗なお方」です(いや、本当に)。
講談師の世界では女流が全く珍しくありません。むしろ女性の方が多いくらいです。聞くところによると、つい最近まで東京では20年以上男性真打が誕生しなかったそうです。(もちろん女流講談師は次々と誕生してました)
演目は「お竹如来」江戸に実在したとも言われる、若く聡明な女中さんにまつわる話です。講談には状況を説明する語りのほか、多くの登場人物が出てきます。初めて講談に触れて、最も感銘を受けたのは、登場人物の声色の使い分けです。特に貞弥さんが演じる主人公の「お竹」は十代の賢そうな女性の声色が見事に表現されています。元々女性は声色を変えるのが得意だと思っておりましたが、それがプロともなるとさすがの一言です。
合間合間に響き渡る張り扇と拍子木の音で場面展開、グッと観客を引き込み、老若男女立場の違う登場人物を次々に演じ分け、物語は佳境に入っていきます。
文字にして説明すると、なるほどなと思われますが、実際その場では知らぬ間に引き込まれている、と言った方が良いかもしれません。

落語のような「サゲ(オチ)」で終わる事は無いのですが、物語にはそれなりの顛末が用意され、一席が終わり拍手が沸き起こると、小説の秀作を読み終えたような清涼感が広がります。

続いて舞台に上がるのは「宝井琴調」さん。「まってましたっ!」と声がかかり、人気の講談師さんのようです。

演目は「団蔵と淀五郎」歌舞伎の大御所と、駆け出しの若手、若手を励ます別の大御所が登場人物ですが、時折落語のように笑わせる「くすぐり」も入り、芸道モノの人情も織り交ぜながら、最後も「サゲ」じゃないかと思わせる顛末で、観客を沸かせます。もちろん、おどおどと自信の無い若手役者のセリフ、重厚な大御所役者の貫録など演じ分けの妙は言うまでもありません。高座の中央から歌舞伎の花道が伸びて見えるようです。

お中入りで休憩した後は、細井さんが三鷹講談会を始める時に相談に乗ってくれたいわば立役者、神田陽司さんです。

真っ黒な紋付でダンディに表れた陽司さん。渋い井出達とは裏腹に、面白おかしくちょっと脱線しながら楽しく話を進めて参ります。演目は「大阪弁の仙人」中国の古典「杜子春伝」をモチーフにした芥川龍之介の「杜子春」を、さらにモチーフとした新作講談です。時事ネタ、サイババなどが登場して全体に滑稽な語り口ですが、唯一、杜子春が地獄で「お母さん!!」と叫んでしまう場面はハッと息を飲まされます。それまで、にこやかにゆるい感じで進められていただけに、そのギャップに驚かされます。たぶんそれが陽司さんの計算なんでしょう。

最後の席は、「宝井琴調」さんの再登場、演目は「柳田格之進」。「碁盤割」ともよばれる典型的な人情噺です。悪い人が一人も出てきません。
聞いているうちに、話の筋がうっすらとわかってきます。そしてその通りに話が進んでいきます。
番頭をかばい己の首を差し出す越前屋作左衛門、その思いを察し、旦那様に罪はないのでどうか私の首をお取りくださいと割って入ってきた番頭九兵衛、その二人の思い違いのために娘を女衒に売り、九腸寸断の思いをした格之進が刀を振り下ろして・・・
人情噺なんて、どれも筋書きが分ってしまうようなものですが、なぜジーンとしちゃうんでしょうね?日本人のDNAですかね。

琴調さんの見事な語りにすっかりやられてしまい、話を終えて一層大きな拍手の中、ちょっとウルウルしかけてしまいました。連れがいなく一人だったので、助かりました。

講談は田辺一鶴さんをよくテレビでもお見かけしましたが、今は落語の番組でも講談師を見かけることがありません。取り巻く環境は厳しいようです。
しかし、講談師の皆さんは日々技を磨き、私達を楽しませるように研鑽されているようです。興味が無かった、難しそうでよく分らないと言った人に、騙されたと思って一度聴いてもらいたいです。本当に騙されたと思ったらごめんなさい。でも、ほとんどの人は講談の魅力を分ってもらえると思います。

Byしげきち

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